存在の純度

 The darkest midnight in Decemberにのせて。

 

なんて贅沢をしていたのか

世界中の誰よりも、大好きあなたが隣にいてくれるという当たり前の日常を過ごしていたこと。

それをいとも簡単に手放してしまった、私の愚かさ

ねえ、もう本当にあなたより大切な人に出会える気がしないよ。

 

言葉に純度があるのなら、人間存在にも純度があるだろうか。純度の高い言葉を吐き尽くせば、悉皆な人間になれるのだろうか。

 無機物のように、いや無機物でさえ。

 

ただ、綺麗でいたい。私がいける最高点までどこまでも純粋で無垢な存在でありたいと思う。あなたに思いを馳せる、たとえ届かなくても私があなたに言葉を尽くすこの瞬間だけは。

今日も晴れでよかったと思う

 

今日はとっても嬉しいことがあったの。

身体についての専門家の方に、私の踊りを褒めて頂いたこと。

「あなたが特別、上手だった」そう言っていただけたこと。

まだ初めて2ヶ月程の舞踏だけれど、私の踊りが誰かの中に留まった。それを教授だけではなくて、1週間のあいだ留めて声をかけてくださったこと。

 

やっと私の居場所が見つかったような、そのような感覚。私が私のままでいることが出来る。その喜び。それが誰かの中に留まっていられたこと。

 

舞踏を初めてから、1人で踊るようになった。ソロは私だけで孤独でそれでいて何よりも自由。去年までの私だったら、多分薄っぺらい私のまま踊っていただろう。今だから、たくさんの経験を振り返って噛み締めることが出来る今だからこそソロで踊れるようになったと思う。そして、そのように声をかけていただける度にとてつもなく嬉しくなって自信になる。私が私のまま、ここに存在してそれを晒し続けられる自信。

 

私はやはり、私のままで踊り続けていたい。

ここで諦めたら多分後悔するだろう、ほかの何かを捨ててもこれだけは芯に置いておきたいことだ。

欲を言うならば、こんな私の踊りを見てくれた誰かの中に、漠然とした「何か」が生まれてくれたら。

 

そんなふうにちょっとだけ欲張ってみる。

モノローグ

 

分からない。私があなたを好きでいること。それはその通りだと、思いたいだけなのかもしれない。

あなたを好きでいると辛い、何が辛いか。私の愛が届かないこと、それ以上に私という存在があなたを陥れているというこの事実。私が誰よりもあなたを幸せにしたいと思う同時に、私があなたを不幸にしている。私があなたを縛っている。囚われている。私のせいであなたが前に進めないのだとしたら。私はもうどうすればいいのか。

 

どうしようもない。でも、抑えられるような思いではない。

 

私は今、あなたにハマっているだけかもしれない。あなた以外に頭の中をいっぱいにするものがない、ただそれだけなのかもしれない。そんなどうしようもなく弱い私は自分のためにあなたを利用しているだけなのかもしれない。狡い。そんな私とあなたが結ばれるはずもない。

 

私は今何が欲しいのだろう。私の愛が深いこと、それを認めてくれる言葉だろうか。それがあれば、私は救われるのだろうか。薄い。そんなの、何の解決にもなってない。そもそも解決するような問題なのだろうか。問題

今、私がわたしを肯定してあげられない。そんなことだから、私の願いは何一つ叶わないのも当たり前だ。

 

私の願いは二つ。あなたが幸せで満たされること、私があなたを誰よりも幸せにすること。

ピアスホール

 

ずっと否定していた現実、自分が空っぽではない

それを否定できないようになってしまっている。

作品にならないような、くだらない感情くだらない言葉、くだらない矛先。

心の傷は消えない。

それを批難することは出来ても、曝け出すことは出来ない、その弱さ。

病んでいる訳では無いけど、澄んでいる訳でもない。

何かがあるようでそこには何もないのかもしれない。

何も見えない。

私が見たくないだけかもしれない。

目を逸らしても、そこにある谷は動かない。

 

独りなのは寂しいけれど、それ以上に苦しいのは自分の選択が間違っていたという変えられもしない事実。

実体はなくとも消してしまいたい物はたくさんある。私の記憶、あなたの記憶。

忘れたい訳では無いの、消したい。1から10まで。

そしてまたこの妄言に私は呼吸を害されるわけで。

 

どうしようもないことを受け入れる強さ。受け入れる?なんて具体的にどういうことですか。気にしないようにすることですか?飲み込むことですか?

こうしてこんなにくだらない私を、必死に晒そうとする。これが必死の足掻き、踠き。

 

 

私は今日も意識的に耳朶を引っ張る。

 

 

 

 

Love is strong as death.


ちょっとは成長していると思う、
がしかしまだまだ徳が低い。
自分が変わってないから何も変わらないのだ。

それすらも当たり前になってしまっては
もうどう過ごせばいいのだろうか。
嘘だとしても言葉に出せばいいのだろうか

 

腐ったら助けてもらっている
私も誰かを生き返らせているだろうか
それとも死なせているのだろうか

 


愛は死のごとく強い、だなんて
全く私が言えたことではないけれど
強くない私はきっとまだ恋であって愛ではない

 

くだらない

 

今日は朝からよく泣いている

現実のような夢のせい、

夢のような現実のせい。

私の場合、大抵意味なんてそこに無い

ただそういう気分なだけ。

気分なだけなんだよ。

ごめんね。

 

ありがとう

内的独白

 

好きなものだけを集めて

嫌いなものは捨ててきたけど

避けてきた物たちはもう 戻ってこない

 

これを16歳?17歳?で書いた「奴」は天才だと思う。

どれだけ多くの人に会って、多くのものを見て聞いて体験して、それが人生経験値になる。

 

わたしは飛び抜けて社交的な訳では無いけれど

あなたに憧れて、私はあなたになりたくて

もがいては来ているけれど

16歳のあなたにも辿り着けていないのかもしれない。

 

梅雨の雨は私を感傷に浸らせるようだね

差し迫ってきた進路の決定に

でもキラキラ輝けないことをしている暇なんてないのだよ、人生は短いのだから

人生を長い目で見てるから、いつか叶えたい夢になってしまうのかもしれない。

かといって今すぐに叶うものも無いのだけれど

私も今は立ち止まって考える時期のようだね。

自分の仕事、どんな人になりたいか、どんなことをしたいか、大好きな人のこととか

 

オムライス食べたい。

 

 

 

雨の音とAve maria


土曜日は人生初のヨガ体験。
そして日曜日は2回目の舞踏のお稽古に参加しました。

初めて行った時、それは本当に奇跡体験で
私の存在、他者の存在、私の踊り、他者の踊り
そんな全てを受け入れ 受け入れられ
私の全てが肯定された。
そんな空間だったのです。
踊っている時こそ、私は「わたし」でいられるような気がして。
今まで味わったことのない穏やかな気持ちになりました。

さて、今日は。
来る人が変われば場の雰囲気も変わる。当たり前ですけどね。そう
今日はどこか私が私に制限をかけてしまった。
何をしても大丈夫なのは分かっていたはずなのに
私はなにかに囚われていた。
だから今日は全然すっきりと踊ることは出来なくて。
悲しいような、これもまた一つの経験ですね。
私の甘えに

最後の即興ではAve mariaを踊りました。
自由に踊って良いと言ってくださったのに
私はどこか自由ではなかった。
Ave mariaに集中していると、雨の音で我に返るのですよ。
そこで全てが空っぽになって、また同じことを繰り返す。

私もまだまだですね。